読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

波と戯れ 雪で遊ぶ

波乗りとスノーボードときどきキャンプ。 思ったこと 感じたことを そのままに。

想いを胸に また明日へ

その他 ひとりごと

f:id:si-zen:20170311065847j:plain

 

6年前の今日、僕は福島の郡山にいた。

打合せのための出張だった。

予定通り14時から打ち合わせが始まり、冗談も飛び交い和やかな雰囲気で打ち合わせは進んでいった。

 

そして、それは突然やってきた。

 

最初は静かに揺れ始め、誰かが「地震だ」と呟き、皆が話を中断し、様子を伺う。

私は「大きいな。。」と感じながらも、これまでに何度も経験している揺れのレベルだったため、特に不安に思うこともなく、揺れが収まるのを待った。

 

しかし、揺れは収まるどころか徐々に強まっていき、やがてその大きさは恐らく自分がこれまでに数度しか体感したことのないレベルとなった。

直感的に「ヤバイ⁉」と思ったその瞬間、下から建物ごと巨人にでも蹴り上げられたような強烈な突き上げを感じた。

それを機に自分の想像をはるかに超える揺れが襲う。

 

最初はこれまで経験したことのないあまりにも激しい揺れにリアリティはなく、恐怖心もなかった。

しかし、さらに揺れが激しさを増していくと、さすがに身の危険を感じた僕は机の下に身を隠した。

 

これまで、かくれんぼや防災訓練などで机の下に入ったことはあったが、必要性に迫られ自らそこに身を隠したのは生まれて初めてだった。

 

部屋にある棚は全て倒れ、その棚から落ちたモバイルPCやファイルケースが床を飛び跳ねているのが見えた。

まるで先ほどの巨人が、今度は僕らのいる建物を手にして上下に振っているかのようだ。

 

部屋の外に出ようにも、とてもじゃないが立って歩けるようなレベルではなく、ただ机の下でじっと揺れが収まってくれるのを待つしかなかった。

 

何度目かの大きな揺れがやってきた時、突然何か大きな物体が自分のすぐ脇に落ちてきた。見ると、それは天井に埋め込まれていた業務用の大型空調機だった。

机の下に身を隠していなければ、あの空調の下敷きになっていたかと思うと、急に恐怖感が湧いてきて、一向に収まる気配のない揺れに建物の倒壊が脳裏をかすめ、生まれて初めて死を意識した。

 

それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 

やがて揺れが収まり、再び静寂が訪れた時には、あたりは数分前とはまったく違う光景になっていた。

 

棚という棚はすべて倒れ、物が散乱し、天井は落ち、そこにいた人は皆埃にまみれ真っ白になっていた。

 

余震に備え、建物の外へ避難しようとするが部屋の扉が曲がってしまっていて開かない。

ちょうど扉の向こう側にいた人が、蹴破って開けてくれたお陰で何とか建物の外へ出ることができた。

 

当然、打ち合わせは中止となり、取り敢えず駅に向かうことにした。

 

東京へ向かう新幹線を含む鉄道、そして高速バスも運転再開の目処はたっていないとのことだった。

 

どうしていいか分からず駅前の広場に座り込む人。

家族に安否を確認しようと公衆電話の長蛇の列に並ぶ人。

足早に何処かに向かう人。

 

駅前には多くの人でごった返していたが、そのどの顔にも不安と焦燥感に満ちていた。

 

あたりはいつの間にか雪が降り始めていた。

僕は取り敢えず近くの立体駐車場の待合室で暖をとりながら、今後の行動を検討することにした。

 

自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、これからどうするか思案を重ねていると、待合室に置いてあるテレビからアナウンサーの絶叫に近い声が聞こえてきた。

 

反射的にテレビに目をやった瞬間、僕は言葉を失った。

 

テレビには海岸線やら空港が次々と映し出されている。そしてそのいずれの場所にも、これまで見たこともない巨大な津波が押し寄せていた。

 

黒く濁った海水が止まることなく、ありとあらゆるものを根こそぎ流してゆく。

 

僕はその映像を見ながら、自分の中に築いていた何かが音をたてながら崩れていくのを感じた。

 

 

 

2011年3月11日。

 

あの日を境に日本は何かが変わってしまったような氣がする。

あの強烈な大地の怒りは、これまで世界を覆っていたメッキも剥がしてしまったかのようだ。

 

あの日以来、人々の意識や物事を見る目は確かに変わった。

その一方で何事もなかったように、これまでと変わらないように振る舞う輩もいる。

しかしメッキが剥がれた今、その愚行は誰の目にも明らかだ。

 

いま地球はその長い長い歴史においても、非常に重要な変革期に入っているのではないかと思う。

 

近い将来、あの日があったからこそ日本は変われたんだと思える時がくるかも知れない。

否。生き残った僕らは変えていかなければならないのだ。

 

時間が経つ毎に、日常に追われ、あの時の記憶が薄れてしまいがちだが、まだ何も終わってはいない。

今日はこの大事な想いを思い出させてくれる大切な日だ。

 

この想いを再び胸に刻み、また明日へ。

 

黙祷…